アイドルグループTOKIOの国分太一がジャニーズ事務所に入ったのは13歳、中学1年の時だった。当時はすぐに雑誌の紙面を飾るなどして、国分自身もこのまま芸能界で生きて行こうと考えていたらしい。だが本格的に芸能活動を始めた彼を待っていたのは、長い下積生活であった。

ジャニーズの寮で生活し始めた16歳の頃から、仕事量が極端に減ってきたという。雑誌の仕事が月に1本あるくらいの生活が2年ほど続き、18歳になると全く仕事が入らなくなっていた。その頃の生活はアイドルとは思えぬ毎日だった。「パチンコ店に、朝から並んでいました。すると後にリーダー(TOKIO・城島茂)も店に入ってきた」と淡々と説明する国分。2人のパチンコをして過ごす日々は長く続いたという。

国分が13歳でジャニーズ入りしてから7年、20歳の時やっとロックバンド「TOKIO」としてCDデビューを果たす。彼がどんなに苦しくてもやる気を失わなかったのは、やはり父親の厳しい言葉があったからだと本人も認めていた。そして国分の父親も苦労している息子を、黙って遠くから見守っているしかない辛さに長い間、耐えていたはずである。

輝かしい成功には努力で積み上げられた過去があったんですね。(Motor)

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TOKIOジャニーズ国分太一
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