office48芝幸太郎と暴力団の黒い噂

まずは上の写真をご覧いただきたい。写っているのは、いずれも仕立てのよさそうなスーツに身を包み、ネクタイを締めた男性5人と、白の和服を隙なく着こなした女性1人の計6人。シャンデリア風の照明、飲みかけらしいビールジョッキや何本かの酒瓶が見え、何らかのパーティーや会食の一場面を切り取った写真であろうと推察される。

6名のうち、顔にモザイク処理をほどこしてある5名の素性に関しては後ほど詳述するが、いずれも暴力団関係者である。

パーティーか会食の席の、変哲もない一場面を切り取ったに過ぎない1枚のスナップショット。だが向かって左奥に”その人物”が写っているために、図らずもこの写真は重要な意味を持つことになった。その人物の名は芝幸太郎という。芸能関係の会社「office48」の代表取締役、といってもピンと来ない人には、こう説明したほうが良いかもしれない。いまや国民的アイドルとまで言われるようになった「AKB48」を、あの秋元康と共に、”創った男”と。

本誌は昨年9月から、計7回に亘って<「人形遣い」の錬金術 時代の寵児「秋元康」研究>と題する連載記事を掲載した。その「第1回」で、ノンフィクション作家・青沼陽一郎氏のインタビューに答えた秋元本人は、AKB48の誕生秘話をこう語っている。「たぶんお寿司屋さんかどこかで、クボタ君と、シバ君と、僕と、3人で話している時に、またその話が出たので、『じゃあ、やってみようか』てのが、一番初めだと思いますけどね」

この秋元の談話に出てくる”シバ君”が、芝社長のこと。”クボタ君”とは、AKB48の劇場公演からテレビ出演まですべてを取り仕切る運営会社「AKS」の窪田康志社長である。

AKB48の”創始者”3人の頭文字は、秋元=A、窪田=K、芝=S。故に運営会社の社名が「AKS」となったことは「第1回」の記事で触れているが、AKBに続く「48」という数字の所以については、「(グループの名前は)商品開発番号みたいな無機質なものにしたいという思いはありました。そこに、たまたま芝君の『48』という数字のつく社名があった」と、秋元は語っている。

ちなみに「office48」という社名の「48」とは、芝社長の”シバ”の語呂合わせ。つまり彼は、秋元の「盟友」としてAKB48の創設に関わっただけではなく、巨大アイドルグループの名に自らの名を”刻み込んだ”のである。

芝社長は高知県出身。地元の高校を卒業したあとに勤めたのは、強引な取り立てなどで社会問題化した『商工ファンド』である。そこで優秀な営業成績を収めた彼は脱サラして起業。まずは手始めにエステサロンの経営に乗り出した。そして、「office48」を設立したのは、秋葉原の劇場でAKB48の公園が始まる前年、2004年のことだった。「AKS」が設立されるのは、その2年後だ。

芝社長について秋元は、「ほとんど今は(AKB48とは)関係ない」と、件の記事中で語っているが、秋元才加や宮澤佐江など数名のメンバーは今も「office48」の所属である。加えて、AKBグループ総支配人の戸賀崎智信氏は同社の取締役。さらに、例えばこの4月に発売されたDVD『DOCUMENTARY OF AKB48』のエンドロールでは、「SPECIAL THANKS」として「芝幸太郎」と、その名がしっかり刻まれている。

つまりは、今もって芝社長は、秋元の「盟友」として”AKB48ビジネス”に深く関与しており、一定の影響力を行使できる立場にある、と見えるのだ。

いずれの人物も写真が撮影された当時の「肩書き」で説明していきたい。まず、”紅一点”の和服女性。彼女は、山口組後藤組の後藤忠政組長の妻である。「10年ほど前といえば、5代目渡辺芳則組長が山口組のトップをやっていた時代で、後藤組長は山口組の若頭補佐という重責を担い、相当な力を持っていた。とりわけ関東圏で影響力の大きい”経済ヤクザ”としてならし、芸能界でも隠然たる力を誇っていたが、5年前に引退した」(暴力団にくわしいジャーナリスト)

彼女の隣に座っている男性は、過去の新聞報道などによれば、<後藤組と極めて近い総会屋>。写真が撮影された時期の数年前には、拳銃所持や、飲料会社の役員宅に脅迫状を送りつけた容疑で逮捕されている。

そしてかれの後ろ、写真に向かって左奥に立っているのが芝社長で、その隣は、山口組山健組系幹部である。「五代目渡辺組長の出身母体である山健組は、あの当時は特に、極めて大きな力を持っていた」(同)

山健組系幹部の隣は、後藤組長とも進行があったという山口組系大物組長。その隣に立っている男性もやはり、後藤組の関係者だ。

芝社長と一緒に写真に収まっている<後藤組と極めて近い総会屋>氏は、現在はすでに「引退」し、さる地方都市で暮らしている。彼に写真を見せると、「これは・・・・・。時期は、ワシが出所したのが12年ほど前で、その2、3年後だと思う。ワシの痩せ具合とか、着ているスーツを見ると、そんな感じがする。後藤さんの奥さんの関係のパーティーだったような記憶はあるけど、詳しくは覚えていない。奥さんとは何度か飯を食ったり、飲んだりしたことはある。が、シバという人物は知らないな」

では、誰が芝社長をこのパーティーに連れてきたのか。先の事情通によれば、「それは、写真で芝社長の隣に写っている山健組系幹部です。彼と芝社長は、”大の仲良し”でした」

すなわち、芝社長はこの写真が撮影されるより前から山健組系幹部と親しい関係にあった。そして、彼に誘われて後藤組長夫人や山口組系大物組長など錚々たる顔ぶれが集まるパーティーに出席し、仲良く1枚の写真に収まったー。こうした厳然たる「事実」があるにもかかわらず、暴力団との交際に触れた本誌の記述により、名誉を<著しく毀損された>などとよくいえたものである。

黒い噂がつきまとい続けるAKB。(Motor)

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