維新の会〝アントニオ猪木〟出馬!

アントニオ猪木、人助けはお金のため!?佐川清と右翼団体の黒い関係

90年には、湾岸戦争直前にイラクに渡って現地で拘束された日本人人質の解放に尽力するという功績を残しているが、もともとの動機は不純で「サダム・フセイン大統領と会ってオイルの権利を手に入れるためだった」(同書より引用)という。

それでも、90年にイラクへ訪問すること3回。12月には猪木の発案でプロレス、サッカー、コンサートを盛り込んだ「平和の祭典」を実施し、人質も解放されることになった。しかし、同書によれば、この時に右翼団体・日本皇民党の幹部が同行し、イラクへの航空機のチャーター代6500万円は佐川急便が払っていたというのだ。

この右翼団体は87年、当時の中曽根康弘首相から次期総裁の指名を受けようとする竹下登に対し、「日本一金儲けのうまい竹下さんを総理にしましょう」と「ほめ殺し」の街宣を仕掛けた団体でもある。この処理のために、金丸信、小沢一郎ら竹下派幹部が東京佐川急便の渡辺広康社長に仲介を依頼し、広域暴力団・稲川会を通じて話をつけることになる(これらの事実は92年の東京佐川急便事件の公判で明らかになった)。一説にはこの「ほめ殺し」の街宣を指示したのは、竹下が裏切った田中角栄元首相と同じ郷里の新潟から出てきた佐川急便の佐川清会長ではないかと言われている。

なお、佐川会長はかつて新日本プロレスの大株主で、76年に日本武道館で行われた猪木vs.モハメド・アリ戦ではチケットを大量購入する関係だった。以来、猪木のビジネスに融資約17億円。債務保証が約13億円。スポーツ平和党の立ち上げ時にも1億円の融資を行うなどといった猪木の大スポンサーだった。


東京都知事選出馬断念の真実

猪木が抱えた佐川急便からの借金のうち17億円がチャラになるきっかけとなったのが、91年2月の東京都知事選出馬断念だ。当時の都知事・鈴木俊一は4選出馬を表明。しかし、公明党が当時80歳の鈴木の推薦に難色を示したため、小沢一郎自民党幹事長は4選をめざす鈴木を推薦せず、元NHK記者の磯村尚徳を擁立する。こうした不透明な動きに猪木が出馬を表明(2月7日)。しかし1カ月後の3月12日には突如として、出馬断念を発表した。

出馬断念の理由は後日明らかになる。3月4日、東京佐川急便の渡辺広康社長の宴席で金丸信、小沢一郎、猪木の4者会談が行われており、その場で借金がチャラになる代わりに出馬断念が決まったのだ(結局、鈴木氏が4選を果たすことになる)。

佐川会長とすれば、これで、金丸・小沢ラインに貸しをつくることができる。赤字会社の一つくらい抱え込むのはなんてこともなかったのでしょう。(略)猪木議員が都知事選を降りた代償として債務免除または放棄を約束したのだとしたら、重大な違法行為のはずです」(同書より引用)

このほか、女性議員秘書の告発本では、約2億3000万円にも上る所得税の滞納。世田谷区にも住民税が5000万円の滞納。相次ぐ差し押さえを受けた事実を明らかにしている。「税金も払わず、借金も払わず、都知事選すら裏取引の道具にする」ダークな猪木の姿がここにあった。

維新の会ってなにを維新しようとしてるんですかね。(Motor)

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