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5月31日、自民党本部での会見に現れた〝目玉候補〟が掲げたキャッチフレーズは「経営力で強い日本を取り戻す」だった。だった。その公認候補とは、「和民」などの居酒屋チェーンを展開するワタミ株式会社会長の渡邊美樹氏(53)だ。

「ゼロから会社を立ち上げた経験を生かしたい」「若者が夢を持てる社会を作る」こう会見で話した渡邊氏の国政への意欲を、そらぞらしく聞いた人もいる。「渡邊氏が国会議員になるなんてとんでもない。内実は誠実さのない、冷酷非情な人間だと思います。ワタミに遵法精神はなく、労働基準法や労働契約法や労働安全衛生法を守らずに、利益のみを追求し、私たちの娘を含め若者を食い物にしてきたのです」

こう話すのは、夢を抱いてワタミに入社しながら、過労自死に追い込まれた女性社員・森美菜さん(26歳)の遺族である。森さんの死はワタミを「ブラック企業」と世間に印象付けるきっかけとなった。昨年、有識者らが主催した「ブラック企業大賞」で、ネット投票1位の「市民賞」まで授与されるほど、「ワタミ=ブラック企業」という評判は定着している。それでも、遺族にとっては、森さんが墜落死した08年6月12日以降、時間は止まったままなのだ。

死の晩に、森さんが立っていた高層マンションの踊り場には、白い傘が置かれていたが遺書はなかった。真相がわからないまま迎えた葬儀の日、遺族の元に渡邊氏から弔電が届く。<美菜様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。美菜様の心の病みを察知できなかったことは、忸怩たる重いです。どうか安らかにお休みください。>この弔電を手にした遺族は怒りに打ち震えた。森さんの母には、この文面をしばらく伏せておくほどだったという。

24時間働き続ける過酷環境

遺族は、森さんの死の真相をワタミは隠そうとしていると直感した。絵を描くのが好きで美術大学を卒業した森さんから「ワタミに入社する」と聞いた時、遺族は反対した。農業関係の仕事をするのが夢だった森さんには、全国に農場を運営するワタミは魅力的だった。「社会貢献活動に熱心な会社」で「頑張れば、ワタミで農業関係の仕事ができる」という夢を語り、遺族を説得しての入社だった。

それから2ヶ月で、なぜ森さんは死ななければならなかったのか。その答えを求め、遺族は森さんの遺品を調べ、当時の同僚たちから話を聞いた。そこで浮かび上がったのは、ワタミの多くのウソと森さんが置かれた過酷な勤務実態だった。「ワタミの特徴は入社前後で態度を一変させることです。入社前は、8時間労働で深夜勤務も週4日程度、昼夜逆転の違和感はないと説明。北海道の農場体験や若者起業講座なども開催し、『働きながら夢を追い求められる』という社会貢献企業のイメージを植えつけたのです」(遺族)

しかし、実際の森さんの勤務実態は、現実とはかけ離れたものだった。本社での短期間の研修を経て、横須賀市の「和民」久里浜駅前店に配属された森さんは、いきなり調理場を担当。指導するベテランアルバイトはつくものの、最初からお客さんに出す商品を作らされた。厚いマニュアルを片手の作業で、うまくできるわけもない。それでも、店長からは「正社員だからできて当たり前」という叱責が飛んだという。

店舗の営業開始は午後5時だが、午後3時には出社。平日は翌日の午前3時半まで、週末は午前6時までの勤務であった。入社前に1時間と聞いたはずの休憩も実際には30分しかなく、その間に、食事やトイレを済ませ、朝まで12時間以上の長時間労働が続いた。入社1年目に店長研修もあり、その期間中は午後2時に出社で、約16時間も拘束されることになった。さらに、「30分以内」と説明された社宅も、「徒歩で」ではなく、電車など公共交通機関を利用しての時間であったため、結果的には始発電車まで店内で仮眠も出来ずに2時間近く待つことを強いられた。

また、給与から渡邊氏の著書を購入した代金まで天引きされ、その本の感想文の提出も求められた(ワタミは自主的提出と主張)。それだけでなく、渡邊氏の理念集の暗記、数々のレポート提出、さらには、深夜勤務後の〝自主的〟な早朝研修もあったという。結局、森さんの残業(時間外労働)は1ヶ月で141時間にも及んだ。厚労省が定めている「過労死ライン」の月80時間を大幅にオーバーしていたのだ。過労死の直前、森さんはワタミから提出を求められたレポートにこう書いた。<どこの店も、こんなにドタバタしているものだろうか?こんなに人は疲れているものだろうか?120%のちからで、どんなにひどい状況でも無理矢理にでも乗り越えろと?ついて来られない弱い人間は、いらないと。ワタミスタンダードとは、何だろう???>

ワタミ過労死の責任は自分達にはない

昨年2月、森さんの死は労災認定された。過労死であると判断されたのだ。しかし、この労災認定が報じられると、ワタミは報道されている勤務状況について、当社の認識と異なっておりますので、今回の決定は遺憾であります>と声明を発表。渡邊氏もツイッターで<労務管理出来ていなかったとの認識はありません>とつぶやき、森さんの死への責任を果たそうとはしていない。

ワタミ側は当事者同士の協議を拒み、簡易裁判所の調停委員会へと持ち込んだ。現在、遺族側の質問に対し、ワタミ側の代理人(弁護士)から2度の回答を得た。そして、遺族は再々質問書を提出し、3回目の回答を待っている最中だという。

しかし、ワタミ側からの回答は木で鼻をくくったような回答が多い。「真摯に答える」とした前提とはかけ離れ、不誠実にさえ映る。例えば、<30分以内に社宅を用意すると言いながら、なぜ深夜勤務後、始発電車が出るまで帰れないところに、社宅を定めたのか>と問いただしても、<貴重なご意見として承らせていただきたいと思います>と答え、非を認めてはいない。

さらに、残業の設定には法律上、労働者から選ばれた代表との間で「時間外労働・休日出勤に関する協定(36協定)」を結ぶ必要があるが、当時は経営陣が選んだ勤務歴の長いアルバイトとの間で結んでいた。遺族がこのことを聞くと、<現在は代表者選出を従業員から署名を得て行なっております>とすでに改善されていることだけを答える。

森さんの勤務時間の労働実態を解明したい遺族に、ワタミ側は真摯に答えているようには見えない。

遺族の渡邊氏への怒りがこみ上げるのも、当然と言えるだろう。なぜなら、森さんの死語、渡邊氏は一度も遺族に面会していないのである。むろん、遺族と渡邊氏が対面したところで、森さんが帰ってくるわけではない。両者が抱える問題が氷解するものでもない。しかし、社を代表する人間として、遺族の顔を見てわびの一言があってもいいのではないだろうか。

遺族に一回も会ってないとは、、、(Motor)

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